第三章 浩二
3月下旬、ぽかぽか陽気で花見が予報よりも早まりそうだ。週末のスーパーは買い物客で溢れている。
蓉子も買い物に来たが、レジの混雑ぶりを見て、うんざりしてしまった。
(なんでこんなに並ばなくちゃいけないのよ。イライラする……)
そう思った彼女はトートバッグに牛乳パックを一つ滑り込ませるとそのまま店から出て行ったが、混みあう店内でそれに気が付いた者はいなかった。
4月、3年生はもうすぐ引退する。今日、サッカー部の新しいレギュラーメンバーの発表があって、高校2年生の山口浩二は春休みの猛練習が認められ、背番号5をもらった。
「ママ、僕、レギュラーだよ」
「そう、良かったね。疲れているところ悪いけど、スーパーで買い物して来てよ。お母さん、手が離せないのよ」
浩二の両親は税理士をしているので、忙しい時は浩二が買い物を頼まれる。しょうがない。家から10分程のところにあるスーパマーケットで母のメモにあるものを買ってレジに向かおうとした時、近所に住む佐伯蓉子と出会った。
彼女は背丈が160cm位、茶色がかったショートヘア、化粧は薄く、この日も地味なスカートにカーディガンだが、何とも言えない色気がある。
その蓉子が、「あら、浩二君じゃないの?」とスーパーのカゴを提げながら小走りで近寄り、「どうしたの? お母さんの代わりにお買い物?」と親しげに話し掛けてくるので、「はい、今日は僕がお使いです」とカゴを見せると、「えらいわね」と褒めてくれた。
ここまでは普通だが、
「浩二君、ねえ、ちょっとこのバッグを持ってくれない。重くて、重くて」と早速甘えてくる。図々しいと言えば図々しいが、「女の色いは七難隠す」と言う通り、彼女の色気に惑わされた浩二は、「いいよ、はい……うぇー、凄く重たいね」と、嫌な顔もせずに受け取ってしまったが、中を見ると、ペットボトルが10本ちかく入っていた。
「何で?」と聞くと、「一人暮らしでしょう。気が付いた時にいろいろ買っておくのよ」と蓉子は腕に胸を押し付けるように体を擦り寄せてくる。
こうなると、男は本当にバカ。「変だな」と疑うどころか、「そ、そうか。買い物も大変ですね」と調子を合わせてしまう。
だから、レジを済ませても、「重たいから、家まで持っていってあげるよ」と言ってしまい、蓉子が「いや、そんなことまでお願いできないわよ」と遠慮するものの、「気にしない、気にしない。さあ、行こうよ」と歩き出してしまう。
結局、蓉子のマンションまでバッグと買い物袋を運ぶことになったが、「本当にありがとう」と、笑顔で手を振ってもらえば、「今日はいい日だ」と足取り軽く帰っていく。
そんな浩二を見送りながら、蓉子は「この子、いいかも」とほくそ笑んでいた。
その後も、蓉子はスーパーで浩二を見かけると「ねえ、レジを済ませてくるから、バッグを持ってね」と頼むことが多くなった。
蓉子は誰もが振り返るような美人ではなく、本当に平凡なおばさんだが、いつも笑顔と擦り寄り、お得意の袖口をくいくいと引いての上目遣いの〝お願いポーズ〟に浩二は騙される。
しかし、これだけでは蓉子の思い通りに働いてはくれるとは思えないが、試す価値はある。
この日もスーパーで浩二と出会うと、さっそく、「ねえ、台所の洗剤が欲しいんだけど、一緒に探してくれない?」と例の場所に誘い込んだ。
「ここなんだけど、○○メーカーの洗剤が買いたいのよ」と、そこにしゃがむと、一番下の棚を覗き込む。
企みを知らない浩二は、「どこですか?」と同じように蓉子の隣りにしゃがみ込んだ、こうなれば、足を開いて見せるだけ。
「無いわね……」
「その奥は?」
「うーん、違うな」
「じゃあ、これは?」
「どれ?」
こんなやり取りを繰り返せば、スカートの裾が乱れても不思議ではない。
「あ、あった!」と足を開いたまま、洗剤を見せると、彼の目は太腿の奥に吸い込まれ、顔はのぼせたように耳の方が赤くなってきた。
ふふ、初心ね。パンティ見えただけで赤くなってる
これで、何を頼んでも、言うことを聞いてくれるだろうと蓉子は確信した。
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